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トラブル回避のための「付言事項」では? 付言事項が原因でまさかのトラブルに

2023/6/6

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この相続事例の体験者

この相続事例の体験者

三木 貴子(仮名)

埼玉県在住。70歳。
遺言書が用意されていたことで見知らぬ甥との遺産分割協議を回避したが、付言事項に書かれていたお墓の管理のことで途方に暮れることに

夫の遺言書のおかげで、甥たちとの遺産分割協議を回避

夫ががんで亡くなったのは、昨年の9月。75歳でした。亡くなる数日前、夫から「俺たちには子供がいないので、俺の相続人はお前と甥のヒロシとコウジの3人。甥たちと遺産分けの話をするのは嫌だろう?だから、お前に全財産を相続させる旨の 公正証書遺言 を書いておいた。俺の机の引き出しの中に遺言書の謄本と 遺言執行者 の司法書士の名刺を入れた封筒がある。俺が死んだら、司法書士に任せておけば大丈夫だからな」と言われました。

数年前に亡くなった夫の弟は、気性の激しい夫を敬遠し、若い頃から私たち夫婦とは距離を置いていたため、私は甥たちと会ったことがありません。疎遠で人柄もわからない彼らと遺産分割の話をするなど、精神的に耐えられない思いでした。

亭主関白で短気な夫には苦労させられましたが、「私のことをちゃんと考えてくれていたんだ」と、目頭が熱くなりました。遺言書のおかげで、夫の死後、甥たちと 遺産分割協議 をすることなく、私は夫の全財産を相続することができました。

思わぬ付言事項。途方に暮れたお墓の承継問題

しかし私の頭を悩ませる事柄が一つありました。遺言書の末尾に書かれた「付言事項」です。内容は、以下のようなものでした。

「私の遺骨は父母が眠る同じお墓に納骨して欲しい」「落ち着いたら、甥のヒロシに連絡して、貴子(体験者)の死後のお墓の承継を頼むように」「ヒロシに断られたらコウジに頼むこと」「お墓を承継してくれる甥が決まったら、その甥に全財産を遺贈する旨の遺言書を作成するように」「父母が眠るお墓は、私が心血を注いで建てた大切なお墓。墓じまいなど考えず、必ず甥のどちらかに継いでもらうこと」

 夫がお墓を大切に思っていることは十分知っていましたが、私は「子供がいない以上、どこかの節目で墓じまいしよう」と考えていました。しかし、夫は今のお墓を同じ苗字の甥たちに承継してもらうことを望んでいたのです。私の財産の 遺贈 を交換条件にすれば、甥たちは容易に引き受けてくれると夫は考えたのでしょうが、関係性からしてそんなに単純なものだとは思えません。甥たちにどうやって話を切り出せば良いのだろう?私は途方に暮れました。

思い悩んで体調不良に。甥たちとの交渉は弁護士にお願いすることに

遺言執行者の司法書士に相談すると「付言事項には法的拘束力はありません。あくまでもご主人の希望ですから、実行するかどうかは、奥様のご判断次第です」と教えてくれましたが、夫は生前、思い通りに事が進まないと癇癪を起こしていました。長年の習慣で夫の意向には異論をはさまず従おうとする私がいます。しかし、甥に電話をかけようとしても、どうしても最後の桁の番号を押すことができません。思い悩んで眠れぬ日々が続き、すっかり体調を崩した私は、心療内科に通うことになり、現在甥たちとの交渉を弁護士に代理いただく方向で事の解決を少しずつ進めています。

担当した専門家が解説!
「ここがポイント」

遺言書の記載事項には、「法的遺言事項」と「付言事項」の2つがあります。法的遺言事項は主に、「相続分の指定」「遺産分割方法の指定」「非嫡出子の認知」「相続人の廃除、廃除の取消し」「遺言執行者の指定」「祭祀承継者の指定」などで、これらの内容は法的拘束力を有します。

一方、法定遺言事項以外の記載事項である付言事項には、法的拘束力がありません。「遺族への感謝の気持ち」「遺言書を作成した経緯」「死後の手続きの希望」などについて、遺言書の末尾に記載するのが一般的です。

付言事項には、相続トラブルを防止する効果があると言われています。たとえば、長女と次女が相続人で、長女に多めの財産を相続させる内容の遺言書が残されていた場合、次女は不満に思うかもしれません。しかし、「長女に多めに相続させるのは、長女が献身的に私の介護に尽くしてくれたから。次女もそのことはよくわかっていると思う。どうかこれからも2人仲良く暮らして欲しい」という付言事項が記載されているのを見たら、次女は親の思いを理解し、トラブルが回避できる、というわけです。

しかし、付言事項の内容によっては、かえって相続トラブルを招いてしまったり、相続人を苦しめたりするケースが散見されます。一部の相続人を非難する内容を記載し、非難された相続人がヘソを曲げてしまうケース、ハードルの高い死後の手続きの希望を記載し、本事例のように生真面目な相続人が思い悩んでしまうケースなど。法的拘束力がないとは言え、遺言を作成する人は、付言事項の記載内容にも細心の注意を払う必要があります。

解説者プロフィール

木下 正一郎

きのした法律事務所

弁護士

木下 正一郎

1990年、早稲田大学卒業後、一般企業に勤務。2001年、弁護士登録。2004年10月、きのした法律事務所開業。医療問題、医事事件に強く、相続問題、成年後見、不動産問題等への対応にも定評。東武練馬駅に近い事務所には、近隣住民からの相談も多く、気軽に相談できる「地元の弁護士事務所」としてリーガルサービスの提供に努めています。


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