本人が出向かなくても大丈夫!? 闘病中でも公正証書遺言を作成できた
2023/9/29
もくじ
この相続事例の体験者
小倉 麻沙子(仮名)
埼玉県在住。60歳。
母の認知症の進行を心配し公正証書遺言の作成を思い立った父のサポートを始めるも、父自身が闘病中で出歩けないことから、本当に作成ができるのか不安に。
物忘れがひどくなった母を危惧し、遺言書の作成を思い立つ
私の父は86歳。ここ数年で2回、がんの手術を受けており、自宅で抗がん剤治療中です。元気に出歩けるわけではありませんが、気持ちはしっかりしていて、毎日長い時間をかけて2つの新聞を読みこみ、色々な知識を仕入れています。一方、83歳の母は、身体は特に悪いところはないのですが、最近、物忘れがひどくなっているのが気になるところです。私は実家の近所に住んでいることもあり、ほぼ毎日、父母の様子を見るために実家を訪れています。
ある日、父が「遺言書を書くことにした」と突然言い出しました。「認知症の相続人がいる場合、遺産を分ける話し合いで代理人を立てなきゃいけないんだ。代理人っていうのは、成年後見人のことなんだけど、色々と面倒なことも多いらしい。ほら、新聞のここに書いてある」父が指さす紙面には、確かにそんな内容の記事が掲載されていました。
「母さん、あんな状態だろ?俺が死ぬときには、もっと症状がひどくなっていると思うんだ。お前たちが苦労しないように今のうちに対策しておきたいと思って。 公正証書遺言 を作るから、お前、段取ってくれないか?」
父が考えた遺産分割案で公正証書遺言を作成
父に言われて初めて将来の不安を感じた私は、父の遺言書作成を手伝うことにしました。何年か前に主人の母が公正証書遺言を作成したことがあったので、主人からその際にお世話になった司法書士を紹介してもらいました。
父の財産は実家のマンションと約4,000万円の預金。「マンションは母さんに相続してもらい、安心して住んでもらう。預金の半分はお前がもらってくれ。母さんの面倒を見てもらわなきゃいけないからな。残りの半分を母さんと真紀(札幌在住の私の妹)とで半分ずつでどうかな」と父は得意げに言いました。念のため、妹の意向を電話で確認したところ、特に異存はないとのこと。司法書士は、父の意向に沿って、 遺言書 の文案作成を手伝ってくれることになりました。
遺言者本人が公証役場に行けない場合はどうすればいい?
私には1つ不安があり、司法書士に相談してみました。「主人の母の時もそうでしたけど、公正証書遺言って、公証役場に行って作成しますよね?今の父の健康状態では、公証役場に足を運ぶのは難しいと思うんです」すると、司法書士は笑顔で答えてくれました。「その点は、大丈夫です。遺言者ご本人が公証役場に出向くのが難しい場合、ご自宅や病院、介護施設まで、公証人に出張してもらうことができるんです。別途、出張費用かかりますが」という司法書士の答えを聞いて、私は安堵しました。
それから約1か月後、公証人さんは、実際に実家まで出張してくれました。利害関係者にあたる母と私は別室に退き、司法書士と事務所のスタッフの方が証人として同席の下、実家のリビングで父の公正証書遺言作成の手続きがおこなわれました。終始和やかな雰囲気だったそうで、公証人が帰った後も、父はずっと上機嫌でした。
担当した専門家が解説!
「ここがポイント」
公正証書遺言は、公証役場に出向いて作成するケースが多いのですが、健康上の理由等により、遺言者が公証役場に出向くことが難しい場合もあります。そのような時は、別途出張費用がかかりますが、公証人に自宅や病院、介護施設まで出張してもらうことで、公正証書遺言の作成が可能となります。
本事例でお父様が遺言書の作成を思い立ったのは、物忘れがひどくなってきているお母様を危惧してのことでした。認知症等により判断能力が不十分な状態となった人の場合、その意思表示は法的には無効とされます。しかし、遺産分割協議は相続人の全員でおこなうこととされており、判断能力が不十分な状態の相続人を除外しておこなうことはできず、代理人を選任する必要があります。
実務的には、家庭裁判所に成年後見人選任の申立てをおこなうのですが、選任の手続きにかなりの時間を要するほか、費用もかかります。ただでさえ大変な相続手続きを複雑化しないためにも、判断能力が不十分な状態の相続人がいる場合、被相続人となる人は、他の相続人のためにも遺言書を作成しておくと良いでしょう。
解説者プロフィール
司法書士事務所アベリア
司法書士
廣木 涼
大手司法書士法人で約5年の勤務、相続事業部のマネージャーを務め、独立。
不動産会社や保険会社など様々な業種と連携しながら、士業の枠に捉われず、多角的な視点から、遺言・家族信託等、生前の相続対策に関する総合的なコンサルティングサービスを提供しています。